子供新聞を読むとなぜ勉強ができるようになるの?

子供新聞のもたらす最大の「効果」とは?

出典:読売KODOMO新聞公式サイト

文部科学省の調査により、新聞(子供新聞を含む)を読む子供はそうでない子に比べて、学力が高いことが分かっています。

子供新聞を読むとなぜ勉強ができるようになるのか?その質問に対し、「子供新聞には知識と教養がたくさん詰まっているからだ」という答えが挙げられるはずです。たしかに、その通りです。子供新聞は成績や受験に必要な情報が盛りだくさんです。

しかし、あえて細かいことをいうのであれば、「子供新聞から知識と教養を吸収できる子は、すでに勉強のできる子である」といえるかもしれません。つまり「子供新聞の知識と教養は、勉強のできる子をもっと勉強のできる子にしてくれる」効果があるということです。

では、子供新聞から得られるものは知識と教養だけなのでしょうか。もちろん、そんなことはありません。その「前段階」ともいうべき重要なステップがあります。

それは「言葉の力の習得」です。

子供新聞を読むということは、つまり「読書」をするということです。子供たちは読書をしながら、「言葉の力」を少しずつ身につけていきます。

そしてこの「言葉の力」こそが、「子供新聞を読むとなぜ勉強ができるようになるのか?」という質問に対する明確な答えを示してくれるのです。

「言葉の力」とは?

「言葉の力」とはこの場合、どのような能力を指すのでしょうか。大まかに挙げるとすれば、次の3つの能力になるはずです。

  • 言葉を理解する能力
  • 言葉を使って考える能力
  • 言葉を使って表現する能力

そしてこれら3つの能力を総括して、「言語能力」という表現に置き換えることができるでしょう。要するに子供新聞には、この「言語能力」を育てる効果があるといえるのです。

それではなぜ、言語能力が身につくと勉強ができるようになるのでしょうか?

この質問については、ちょっと別の方向から考えてみると分かりやすいかもしれません。つまり、「言語能力が身につく→勉強ができるようになる」と考えるのではなく、「勉強をするために、そもそも言語能力が必要である」という発想を持つと、より理解しやすくなるはずです。

「言語能力」と「勉強」の関係性

勉強の中心は「①言葉を理解すること」「②言葉を使って考えること」です。

たとえば学校や塾の授業を思い浮かべてみましょう。

学校・塾の場合

学校や塾の授業は、基本的に【先生の説明→練習問題】の繰り返しで進行します。生徒は先生の話した言葉を理解し、獲得した知識をそのまま使ったり、考えて応用したりしながら、「勉強」をするのです。

ここで「言葉」を中心に、「勉強のできる子供」と「勉強のできない子供」の様子を比較してみましょう。

まず「勉強のできる子供」は先生の説明(言葉)を聞いて、その場で正確に理解します。そして授業中に理解した内容を、問題集で練習します。授業終了までに、彼らは理解し、練習もしたわけですから、彼らの「勉強」はすでにほとんど終わっています。あとは家に帰ってちょっと復習すれば、その単元は完結。これが「勉強のできる子供」の正体です。ひとことで言えば、学習効率が良いのです。

では「勉強のできない子供」の場合はどうでしょう。

「勉強のできない子供」は、先生の説明(言葉)を理解できません。理解できないまま問題集に取り組むため、問題は解けませんし、そもそも練習にすらなりません。
家に帰って宿題をやったところで、やはり分かりません。心配した親が塾に通わせてみたものの、塾の先生の言葉も理解できないので、結局勉強はできないまま。
どうして勉強ができないのか、自力で考えることもできないので、とりあえず「勉強が苦手」「勉強が嫌い」というレッテルを自分に貼って自己防衛に専念する。

だいたいこんなところではないでしょうか?

独学の場合

もちろん、独学の場合も同じです。独学では、「先生の説明」の部分が「参考書の説明」に代わるだけで、やっていることは変わりません。

「勉強のできる子供」であれば、テキストタイプの参考書と問題集を1冊ずつ渡しておけば、自分でテキストを読んで内容を理解し、問題集で応用練習をしてくれます。彼らの勉強はこれだけで完結します。塾にさえ行く必要はありません(参考書代と塾代を比較すれば、どれだけお得かお分かりになれるはず!ちなみに、参考書はやる気のない大学生アルバイトよりずっと優秀です)。

「勉強のできない子供」は、先生の話と同じく、参考書の文字を読んだところで言葉を正しく理解できません。考えることもできません。子供にとってはアラビア語の小説を渡されたようなもので、とても読む気にはなれません。参考書を買い与えても、その意義を全く理解されず、親は埃が積もっていくのをただ眺めるばかりなのです。

勉強ができる・できない=言葉を理解できる・できない

このように、学校や塾の授業を受けるにせよ、参考書で独学をするにせよ、まずは「言葉」を「理解」し、言葉で考えられなければ、勉強のできないことが分かります。先生の説明を理解ための「理解力」が必要だ、と口にする人もいますが、理解力とはつまり、「言葉を理解する力」なのです。

そして、

勉強のできる子供
=言葉を理解できる子供

勉強のできない子供
=言葉を理解できない子供

という図式の成立していることも分かります。

本当に勉強のできる子供を育てたいのであれば、進学塾に通わせる前に、勉強漬けの日々を強制する前に、実は「言葉の力=言語能力」を身につけさせることこそが最優先事項であり、もっとも効率的な手段なのです。

勉強をする「ために」言語能力を身につける

勉強と言語能力が密接にかかわっていることが分かりました。そして、勉強をする「ために」言語能力を身につける必要のあることが分かりました。

たとえば学力世界一のフィンランドでは、教育全般において「読書」がかなり重宝されています。何しろ小学校でも「読み聞かせ」の時間があるほどで、本を読んだ後は「ディスカッション」をするそうです。さらに自分の考えを人前で発表する「スピーチ」の機会も数多くあり、読書+αの学習スタイルが定着していることが分かります。

前述の「言葉を理解すること」「言葉を使って考えること」「言葉を使って表現すること」が、学校教育の中に大いに取り入れられているのです。

言語学習がフィンランドの学力のすべてを支えているわけではありませんが、少なくとも好影響を与えていることは間違いない、とする声も少なくないようです。

一方で、日本の受験シーンにおいて「言語能力の育成」は意外と疎かにされがちです。そんな「遠回り」なことをするくらいなら、「参考書の一冊でも解いたほうが良い」「1日でも多く塾に通ったほうが良い」というのが私たちの「常識」として定着しています。もちろん、それが遠回りどころか最短距離であることは明白なのですが、一度染みついてしまった価値観を崩すのは容易ではないようです。

しかし、価値観や常識がどうであれ、事実は変わりません。「勉強」と「言葉の力」は密接にかかわっているのです。

そうであるなら、余計な価値観に振り回されるより、子供たちの言語能力の育成に尽力したほうが、親にとっても子供にとっても良い結果を生みそうですね。

子供新聞で文章を読む習慣を身につける

「勉強の根底」には「言語能力」があります。そして、「言語能力」を育ててくれるのはやはり「読書」です。これは多くの研究が証明している事実であり、ひとまず信用して問題ないでしょう。そして「読書」とは、文章を読み、理解する作業です。そうであるなら、読書の対象は小説や自伝ばかりでなく、新聞でも良いのです。子供の場合は「子供新聞」ですね。

さて、これで最初の質問に対するそれらしい回答ができそうです。

A.子供新聞には読書と同じ効果がある
B.読書には言語能力を育てる効果がある
C.言語能力が身につくと、勉強ができるようになる

A、B、Cより、「子供新聞を読むと、言語能力が身につくため、勉強ができるようになる」 Q.E.D.

ここでもう少し、「子供新聞」のメリットに注目してみましょう。

子供新聞の強みは、「習慣化」しやすいという点です。文章量も程よく、毎日読むことがさほど苦痛ではありません。仮に読まない日があっても、読まないコラムがあっても、幸い次号には影響がありません。負担が少ないからこそ、習慣化しやすいのです。

また、新聞は時事ニュースや政治・経済など、社会を理解する上で必要な知識・教養を与えてくれます。まして子供新聞であれば、それらをとても分かりやすく解説してくれるため、よりスムーズに情報を獲得することができます。

ようするに子供新聞とは、「言語能力」を育てながら効率よく「知識・教養」を吸収できる「都合の良い」ツールなのです。しかも習慣化しやすく、子供にとっても親にとっても負担が少ない。褒め過ぎかもしれませんが、しかしメリットにあふれていることは間違いありません。

勉強ができる子は、勝手に勉強する

言語能力が身につくと、ほぼ自動的に成績が良くなります。先生の話や教科書の意味を理解できれば、テストはさほど難しいものではありません。もちろん復習やテスト勉強は必要ですが、言語能力の備わる前と比較すれば、はるかに効率的に勉強ができるようになっているはずです。

そして一度成績が良くなると、勉強が楽しくなってきます。好奇心の強い子は、どうすればもっと良い点数が取れるのか考え始めるでしょう。特定の教科により強い興味を持つかもしれません。そこまで積極的になれないとしても、少なくとも勉強が嫌いになったりはしません。

勉強が得意・楽しいと感じるようになると、子供たちは放っておいても勉強をするようになります。ある子は勉強の虫になり、ある子は必要最低限のことしかしないかもしれません。それでも、勉強をしないことはないはずです(「必要最低限」が分かる時点で、その子はかなり優秀と考えて差し支えありません)。

彼らにはすでに勉強をするだけのモチベーション(動機)があり、言語能力を身につけたおかげで、自ら理解し、考え、作業するだけの能力もあります。動機と能力がそろえば、性格の差はあれど、子供たちなりに勉強に取り組むようになるのです。

そして自発的に勉強をすることで、考える機会、トライ&エラーの機会が増え、次第に勉強のコツをつかみ始めてきます。最終的に自分なりの勉強法を確立できれば、それはその子の、「その人」の一生の財産になります。学校教育とは本来、勉強法を身につけさせるためにあるようなものなのです。

子供たちに本当の意味での財産を残すために、親たちができることといえば、勉強をする動機(モチベーション)を高めてあげることです。子供はとにかく親が大好きです。親に褒められることが何よりのご褒美です。

成績が上がったら褒めてあげましょう。テストの結果が悪くても、彼らなりにできたところがあるはずです。それを見つけて褒めてあげましょう。自宅で勉強をしていたら、ただそれだけで褒めてあげましょう。

「勉強しなさい」と言われて喜ぶ子供がいないように、親に褒められて悪い気のする子供もいません。自分を褒めてくれる、認めてくれる、見てくれる親がいる。それこそが、子供の最大のモチベーションです。モチベーションとは、燃料のようなものです。繰り返しになりますが、親にできることはせいぜい、その燃料を補充してあげることくらいです。燃料さえあれば、子供たちは自由気ままに未知のものに立ち向かっていきます。子供たちはそもそも好奇心の塊なのです。

褒めることで愛する子供たちにエネルギーを与えられるのであれば、「勉強しなさい」という言葉をぐっと飲みこむことも、さほど大変なことではないかもしれませんね(笑)。

あいだ

ライター相田 浩二(あいだ こうじ)

個人塾の経営者。「受験テクニック」に頼らない考える勉強法をテーマに、子どもたちへの教育はもちろん、講演会も開催。家族構成は妻と12歳の娘と猫1匹。

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